18世紀後半から19世紀初頭にかけてヨーロッパでは楽器製作家たちが新しい鍵盤楽器(オルケストリオン、パンハルモニコン、エオロディコン、フィスハルモニカ、ポイキロルグなど)を次々と発表していました。彼らが目指したのはなんと弦楽器や管楽器のような表現力を持つ鍵盤楽器でした。発音後に音量を変えることができないパイプオルガンや響きが減衰する一方のピアノとは違う、それまでの鍵盤楽器の概念を覆す全く新しい発想の楽器を創り出そうという気運が高まっていたのです。そこで注目されたのがフリーリードでした。ハルモニウムは真鍮製のフリーリードを発音源として用い、ふいごに直結したペダルで、送る風の量をコントロールし音量に変化がつけられるオルガンです。音に表情がつくことから「オルグ・エクスプレシフ orgue expressif
」とも呼ばれていました。ハルモニウムはスフォルツアンド、モレンド、メッサ・ディ・ヴォーチェといった本来オルガンでは困難とされていた表現までもが可能で、ロマン派の音楽的欲求に応えることのできる画期的な鍵盤楽器として多くの作曲家たちを魅了しました。ハルモニウムと関わりの深い作曲家はロッシーニ、ビゼー、フランク、サン=サーンス、フォーレ、ブルックナー、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、マーラー、R.シュトラウス、シェーンベルクなど枚挙に暇がなく、むしろこの時代においてハルモニウムと関わりのなかった作曲家を探す方が難しいとも言えるでしょう。
ハルモニウムは構造上、内部が高圧になるなど保全が難しく、今や演奏可能な楽器はとても少なくなってしまいました。しかしヨーロッパでは19世紀初頭から近代にかけて室内楽、合唱伴奏、オーケストラ、オペラ、劇音楽などあらゆるジャンルで大活躍していた楽器なのです。